ワークショップ支援と尊厳―見えない声に耳をすます ともに生きるコミュニティのつくり方
1.主催:
B03班
共催:神戸大学大学院人間発達環境学研究科 ヒューマン・コミュニティ創成研究センター
2.日時:
2025年12月17日(水)13時30分から16時30分
3.場所:
神戸大学鶴甲第2キャンパス A棟2階 大会議室
4.形態:
対面のみ(言語:日本語のみ)
5.参加人数:
27名
6.概要と振り返り:
本研究課題「尊厳学の確立B03」の一環として、ワークショップ「支援と尊厳―見えない声に耳をすます ともに生きるコミュニティのつくり方」を開催した。平日開催にもかかわらず、のべ27名の参加があり、支援と尊厳をめぐる実践と理論を横断的に考える機会となった。
ワークショップの前半では、NPO法人レスキュー・ハブ代表理事の坂本新氏より、「若年女性支援から見える課題―歌舞伎町の女性の声が教えてくれる社会課題―」と題した報告が行われた。坂本氏は、新宿歌舞伎町において夜職に従事する若年女性を主な対象としたアウトリーチ型支援の実践を紹介し、制度や既存の支援につながりにくい人々の生活世界がいかなるものであるのかを、具体的な事例を通して示した。
報告によれば、支援対象者の多くは、家庭内不和や虐待、貧困といった困難な家庭環境を背景に持ち、若年期から孤立を経験してきた人々である。その結果、頼るべき人間関係や制度的支援を持たないまま、歌舞伎町という都市の歓楽街に、全国各地から流入してくるという特徴が指摘された。歌舞伎町は、匿名性が高く、居場所を見出しやすい一方で、搾取や暴力、健康被害のリスクを常に孕んだ場所でもある。坂本氏はまた、支援対象者(当事者)の中に軽度知的障害や精神障害を抱える女性が少なくないことを指摘し、こうした特性が、福祉制度や医療、家族関係といった既存の支援枠組みから彼女たちをさらに遠ざけている現状を明らかにした。制度はしばしば「本人の理解力」や「自己申請能力」、「自己決定」を前提として設計されているが、実際にはそれらの前提自体が成立しない状況に置かれている人々が多数存在している。
そのような中で、坂本氏が強調したのは、「居場所を提供すること」や「その人をそのまま受け入れること」自体の困難さである。支援する側とされる側のあいだには、意図せずして力の非対称性が生じやすく、「対等な関係性」を築くことは決して容易ではない。信頼関係が形成されるまでには時間がかかり、時には拒絶や裏切りとも受け取れる経験を伴うこともある。アウトリーチ支援とは、そうした不確実性を引き受けながら関係を紡ぎ続ける営みであることが示された。
さらに坂本氏は、レスキュー・ハブの実践が、単独の支援にとどまるものではなく、福祉、医療、法律、警察、婦人科医療など、多職種・多機関連携を前提とした支援であることを強調した。女性たちの抱える課題は、生活困窮、健康問題、法的トラブル、暴力被害などが複合的に絡み合っており、いずれか一つの専門領域だけでは対応できない。そのため、現場では状況に応じて適切な専門職や機関につなぐ調整役としての支援が不可欠となる。
こうした現場からの報告は、「自己決定」や「自立」を当然の前提とする制度設計が、現実の生活世界においていかに脆弱であるかを浮き彫りにした。同時に、尊厳とは個人の内的能力や主体性のみによって支えられるものではなく、関係性や環境、支援の編成のあり方によって容易に損なわれうるものであることを強く示唆するものであった。坂本氏の報告は、本研究における「尊厳をいかに捉え直すべきか」という根幹的問いに対し、切実かつ具体的な現場の声をもって迫るものであった。
後半では、一般社団法人「こたえのない学校」代表理事の藤原さと氏より、「ケアは循環する ―フラットな関係性を模索するともだちプロジェクト(FOX Project)について」と題した報告が行われた。藤原氏は、Fox Projectを中心としたインクルーシブな教育・社会実践を通して、ケアや支援を「与える側/受け取る側」という非対称的な関係としてではなく、人と人とのあいだで循環し、生成し続ける関係性そのものとして捉え直す視点を提示した。
Fox Projectという名称は、サン=テグジュペリ『星の王子さま』における王子とキツネの関係性に由来する。作中でキツネは、「なじみになる(tame)」こととは、相手と特別な関係を結ぶことであり、時間をかけて互いに唯一無二の存在になっていく過程であると語る。この関係は、役割や機能によって規定されるものではなく、出会い、待ち、共に時間を過ごすことによって立ち上がる関係である。藤原氏は、この王子とキツネの関係性こそが、Fox Projectの目指す「友だちになる」実践の原型であると述べた。
Fox Projectにおいては、「障害」を欠如や不足として捉える視点が明確に退けられている。誰もが得意なことと不得意なことを併せ持ち、不得意なことを補い合いながら生きているという理解のもとで、「不得意なこと」が「得意なこと」を育てる契機となることが強調された。いわゆる障害のあるとされる人々は、むしろ多数派が持ちえない感性や能力、価値を有しており、それらは関係のなかでこそ立ち現れる。こうした実践は、「多数派」の世界を標準とし、「少数派」がそれに適応することを当然視してきた社会的前提を問い直すものである。Fox Projectが目指すのは、「多数派」も「少数派」も等しく欠けるところのない存在であるという前提に立ち、互いが大切にしているものを尊重し合いながら、上下関係のないフラットな関係として「ともだち」になっていく世界である。
藤原氏の報告において理論的に重要であったのは、人類学者ティム・インゴルドの提示する「メッシュワーク」概念との接続である。メッシュワークとは、直線的に成果や目標へと向かうネットワーク的関係とは異なり、人々が蛇行しながら交差し、結び目をつくり、ほどけ、再びつながり直していくような、生成変化し続ける関係性を指す概念である。Fox Projectにおける関係は、効率性や成果の可視化を前提とせず、このようなメッシュワーク的関係のなかで編み直されていく。
また藤原氏は、人が他者と関係を結ぼうとするときに働く想像力の重要性にも言及した。表面的な特徴からは分からなくとも、「この人の中には大切なものがあるのではないか」と想像することが、関係の始まりとなる。そのとき人は、「どうすればうまく話せるだろうか」「どんな時間を共有すれば楽しいだろうか」と考え始めるが、それは恋愛の初期段階、あるいはデートにも似た営みであり、他者に向けられた注意と想像力そのものがケアの契機であることが示された。
以上のように、藤原氏の報告は、尊厳を個人の内在的属性や達成目標としてではなく、他者との関係が結ばれ、深まり、編み直されていく過程そのものの中で生成するものとして捉え直す重要な視座を提示するものであった。星の王子さまとキツネの関係になぞらえられたFox Projectの実践は、尊厳を支える条件を制度や役割に還元することなく、日常的な関係のなかに見出そうとする試みとして、本研究テーマに対して豊かな理論的・実践的示唆を与えるものである。
坂本新氏の現場報告が、制度や社会から排除されやすい人々の生の現実を突きつけるものであったのに対し、藤原さと氏の実践報告は、尊厳を支える関係性の別様の可能性を具体的に示すものであった。前者が、都市の周縁に生きる人々の過酷な現実と制度の限界を可視化したのに対し、後者は、制度や役割に回収されない関係のなかに尊厳を支える回路がありうることを提示した点で、両者は対照的でありながら相補的であり、本研究テーマを多面的に深化させる報告であった。
両氏の実践に共通していたのは、「コストパフォーマンス」や「タイムパフォーマンス」といった効率性の論理では、人の生や尊厳には決して接近できないという認識である。支援や教育は、短期的成果や可視化された達成度によって評価できるものではなく、時間をかけて関係を結び、ほどけ、編み直していくプロセスそのものに意味があることが、具体的な事例を通して共有された。この点において、アウトリーチ支援とインクルーシブな教育実践という一見異なる領域が、尊厳をめぐって深く接続していることが明らかになった。
ワークショップ全体を通じて浮かび上がった重要な論点の一つが、当事者と非当事者のあいだに存在する隔たりである。異なる当事者性を持つ人々の問題意識は容易には重ならず、仮に交差したとしても、理解したつもりになることや、傍観者的立場にとどまってしまう危うさがあることがフロアからも指摘された。とりわけ障害をめぐる問題においては、社会構造への理解と当事者経験とのあいだに埋めがたい隔たりがあり、「代弁すること」そのものへの違和感が生じやすい。しかし同時に、異なる立場にある者同士が関係を結び続けることで、理解できなさそのものを引き受ける回路が開かれうることも、両氏の実践を通して共有された。
また、フロアとの議論の中では、夜職に従事する女性たちが、障害者としてラベル付けされることなく承認を得られる場としてホストクラブに惹きつけられていく構造が、「居場所」の問題として改めて焦点化された。金銭を介した関係であっても、そこで交わされる言葉や振る舞いが本人の自己肯定感を支えてしまう現実は、現代社会における承認の欠如を象徴しているとの認識が共有された。さらに、セックスワークをめぐっては、売る側にのみ罰則が課され、買う側の責任がほとんど問われないという社会構造そのものが、尊厳の非対称性を生み出している点についても、活発な意見交換が行われた。
これらの議論を通して、フロアにおいても「尊厳とは何か」という問いが改めて立ち上がった。尊厳とは、能力や生産性、社会的有用性によって測定されるものではなく、「そのまま存在してよい」と認められる感覚に根ざすものであるという理解が共有された。また、支援における尊厳は、支援者が一方的に与えるものではなく、関係のなかで相互に守り合われ、時に回復していくものであり、そのためには支援者自身が立場の非対称性を自覚し、語られない声に耳を澄まし続ける姿勢が不可欠であることが確認された。 本ワークショップは、福祉と教育、現場実践と理論を横断しながら、「尊厳」を固定的な概念としてではなく、関係的かつ生成的なものとして捉え直すための重要な契機となった。今後の研究においては、本ワークショップで共有された実践知を理論的に整理・深化させ、尊厳を中心概念とする学際的研究へと展開していくことが求められる。
(文責:稲原美苗)