ワークショップディスアビリティとジェンダーの交差性:尊厳・人権・倫理
1.主催:
B03班
共催:神戸大学大学院人間発達環境学研究科 ヒューマン・コミュニティ創成研究センター
2.日時:
2024年12月14日(土)
3.場所:
神戸大学鶴甲第2キャンパス A棟2階 大会議室
4.形態:
対面のみ(言語:日本語のみ)
5.参加人数:
23名
6.概要と振り返り:
近年、障害のある女性をめぐる複合差別については調査や研究が実施され、その功績は大きいと考えられる。障害のある女性は「ディスアビリティ」と「ジェンダー」という2つの異なる当事者性が組み合わさることによって起こる特有の差別や抑圧を経験している。本ワークショップでは、「交差性(intersectionality)」という考え方をベースにして、哲学・倫理学、社会学、社会福祉学、社会教育学、障害学を専門としている5名の女性研究者を招き、それぞれの視点から、障害のある女性の尊厳や人権の回復と、倫理の確立に向けて必要な事柄について問題提起を行い、尊厳学としての研究と実践のあり方を構想した。
本ワークショップでは、ある人が「自己決定」と「自己責任」をする場合に、その人を「尊重する」という一般的な考え方の限界について考えるきっかけとなった。ディスアビリティとジェンダーが重なるところの尊厳・人格・倫理を考える上では、そのような枠組みを超えていかなければならないことを登壇者5名の発表から理解できた。例えば、出生前の生命などの自己決定できない場合や障害のある女性が自己決定する場合、周囲の対応や価値観、そして社会構造が複雑に影響し、その尊厳が侵害されたり、それが尊重されたりする仕方が多様であることについて論じられた。
まず、小森淳子氏(岐阜協立大学)が「複合差別の中に沈んでいくわたしを掬い続ける~障害のある女性の結婚・出産・子育て~」というタイトルで講演を行った。小森氏は、脳性まひによる四肢麻痺と共に生きており、体幹障害と言語障害がある女性の立場から、優生保護法と障害者の結婚、妊娠、出産、子育ての経験と葛藤について語った。社会や周囲の一方的な思い込み(パターナリズム)によって、妊娠・出産についての障害のある女性自身の意思が全く考慮されない・妨げられる状況があることを明確にした。その後、子育てにおける「性別役割」や「自己責任」の圧力によって、女性が自分を追い詰めてしまうようになり、支援を求めることが難しくなってしまうことが、障害のある女性の子育てを一層困難にさせていることを述べた。
次に、土屋葉氏(愛知大学文学部)が「対話を開いていくことの可能性:「生きづらさ」の語りをめぐって」というタイトルで講演を行った。障害当事者と実際に向かい合って支援者自身が自分のことを直接伝える「対話」ではなく、アーカイブを利用した「対話」によって、お互いへの「責め」や「非対称性」を回避し得るということ、アーカイブ中のエピソードに対してその人自身の語りや対話がはじまることの重要性を示唆した。
休憩を挟んで、橋田慈子氏(千葉大学教育学部)が「生命の尊厳を取り戻す~出生前検査をめぐる日英の障害女性の試み~」というタイトルで講演を行った。イギリスの事例を紹介した後、日本の出生前検査に関して考察し、社会の抱える問題を個人の選択・責任にしてしまうという点を挙げた。性差別と障害者差別の交差性が理解されていたという状況について明らかにした。特に、出生前診断や着床前検査に対する問題提起は、障害のある女性たちが「生命の尊厳」を取り戻すための試みであったことと、そのことに対する周囲の認識があまりに少なかったことの問題点を挙げた。
続いて、松波めぐみ氏(大阪公立大学国際基幹教育機構)が「『複合差別』を主題化することの意義~京都の条例づくり運動の経験から~」というタイトルで講演を行った。ご自身のライフヒストリーを紹介しつつ、社会の中で、男性ではなく女性に対して不利な抑圧的な規範が存在し、それを目指すよう教育において女性が仕向けられることの問題点を挙げた。松波氏が京都の「障害者差別をなくす」条例づくりの事務局長として活動を続けたことによって、障害当事者の視座が入ることの重要性だけでなく、「当事者」どうしにも経験の「重なり」と「異なり」があることを明らかにしつつ、当事者一人一人の経験がどのように社会のあり方に影響するのを考えた。
最後に、安井絢子氏(関西大学/日本学術振興会特別研究員PD)が「ケア関係における尊厳を考える:ヌスバウムの『選択に基づく尊厳』とキテイの『関係に基づく尊厳』」というタイトルで講演を行った。「どのような存在が人間の尊厳をもつのか」、「どう接することが尊厳を尊重することになるのか」、という問いの整理の重要性を挙げた。その後、「各ケイパビリティの閾値レベル」によって「人間の尊厳にふさわしい生」や「人間の生」を判断するヌスバウムの理論だけでなく、キテイの理論においても、「人間の尊厳」がその存在の「性質」やケアする側の「能力」と結び付けられているということを示唆した。
登壇者5名の講演が終わった後、B03班の分担研究者である日笠晴香氏(岡山大学学術研究院ヘルスシステム統合科学学域)が各登壇者へ向けて建設的なコメントと問いを出した。登壇者間の対話や議論が重視され、フロアの参加者も互いの意見を交換することができた。ディスアビリティとジェンダーの交差性を考えることは、今後の尊厳学において重要な示唆を得るきっかけになるだろう。
(文責:稲原美苗)