ワークショップ認知症と尊厳・人格・最善
1.主催:
B03班
2.日時:
2024年9月8日(日)13:00~17:00
3.場所:
岡山大学津島キャンパス・文法経1号館文学部会議室、オンライン
4.形態:
ハイフレックス
5.プログラム:
- 13:00
- 開会 司会 日笠晴香(岡山大学学術研究院ヘルスシステム統合科学学域)
- 13:03~13:10
- 開会の挨拶 加藤泰史(椙山女学園大学、学術変革領域研究A「尊厳学の確立」領域代表者)
- 13:10~13:40
- 石井伸弥(広島大学大学院医系科学研究科共生社会医学講座)
「認知症の人本人にとっての最善とは何か」 - 13:40~14:10
- 沖中由美(岡山大学学術研究院保健学域)
「老いを生きる認知症高齢者の望む生き方・暮らし方—本人と家族とケア提供者が紡ぐ認知症高齢者の思いと尊厳—」 - 14:10~14:15
- 〈休憩5分〉
- 14:15~14:45
- 笹月桃子(早稲田大学人間科学学術院/九州大学大学院医学研究院成長発達医学分野)
「子どもの尊厳と最善の利益について考える~新生児・小児・重症心身障害児医療を通じて~」 - 14:45~15:15
- 清水哲郎(東北大学名誉教授/臨床倫理ネットワーク日本)
「認知症を伴う人生:人間関係における《尊厳》からのアプローチ」 - 15:15~15:30
- 〈休憩15分〉
- 15:30~15:40
- コメント① 稲原美苗(神戸大学人間発達環境学研究科)
- 15:40~15:50
- コメント② 後藤玲子(帝京大学経済学部・先端総合研究機構)
- 15:50~17:00
- 全体討議
- 17:00
- 閉会の挨拶 後藤玲子(帝京大学経済学部・先端総合研究機構)
6.参加人数:
32名
7.概要と振り返り:
本ワークショップは、認知症を有する人の「人格」やその人にとっての「最善」がどのようなものであると考えられ、「尊厳」がどう捉えられるかに関して、高齢者だけでなく小児にも焦点を当てることで、多様な専門分野からの発表と全体討論を行い、尊厳学で取り組むべき課題を精査してより明確にするという目的で開催された。開会にあたり領域代表者・加藤泰史氏から、尊厳が帰属するのは「人間」であるか「自律的人格」であるかに関する哲学的論点が紹介された。参加者は、多分野の研究者と医療・介護の専門職者であった。
提題発表において、高齢者医療を専門とする石井伸弥氏は、具体的な事例から、認知症を有する本人の意向・選好に無条件に従うことが尊厳を損ない得ること、尊厳の尊重が自律を制限する可能性があることを指摘した。そのうえで、認知症の症状を医学モデルのみで解釈するのではなく、本人の歴史や歩みを知り「その人らしさ」をも尊重する必要性を示した。
次に、老年看護学を専門とする沖中由美氏は、認知症を有する高齢者が望む暮らしと、それを家族や専門職ケア提供者がどう捉えているかに関する調査研究から、高齢者自身の望みや「誇り」を、家族や専門職者が認め「尊重する」ことが、認知症を有する人の尊厳を護り、人生の統合を支援することにつながると論じた。
また、小児医療を専門とする尊厳学B05班の笹月桃子氏は、「事実としてそこに在る子どものいのちに立ち現れる尊厳」について論じ、最善の利益として子ども自身の力や利益の最大化を目指すことと、子どもに危害を加えないようにして守ることの両面をふまえて、医療者と家族が協働して行う意思決定の必要性を提示した。
さらに、哲学・臨床倫理を専門とする清水哲郎氏は、dignityという語の用法を分析し、その人自身の視点から現在の自己の生を肯定する姿勢であり場合によっては「尊厳が失われた」という言い方があり得るような「主観的尊厳」と、その人の心身状態を問わずに周囲の視点から尊重される「客観的尊厳」とについて論じた。
これらの発表を受けて、コメンテーターとして尊厳学B03班の稲原美苗氏と後藤玲子氏が、「できる・正常・幸福/できない・異常・不幸」という二項対立や、社会の全成員の必要に公平に応える制度的条件などに関する問いを提起した。これに続くフロアも含めた全体討論では、特に、尊厳の主観的意味と客観的意味とが相互に独立する側面と連関する側面に関して、尊厳の測定・評価や、さまざまな社会的条件において現実に生じ得る問題についての活発で詳細な議論が行われた。
本ワークショップを通して、多様な専門分野の観点から、認知症を有する人自身を尊重する仕方、最善の要素、尊厳の捉え方、これらに関する価値の対立を調整する臨床的な試みが示され、私たちが取り組む尊厳学の具体的課題をより多角的に理解する貴重な機会となった。
(文責:日笠晴香)